みなさん、おはようございます。
Smithです。スミスでいいです。
紫陽花がきれいに咲く季節になりました。
青、紫、ピンク、白。
移り気な心を映し出すよう、道ゆく景色に鮮やかな彩りを加えています。
少し前にはピッチのことで一喜一憂していたぼくらも、気付けばメルカートのことで頭がいっぱいです。
葬式が忙しいのは失望を忘れさせるためとはよく言いますが、傷心に浸る間もなく、時は流れます。
アッレグリを解任して以降、実質空座になっていたユヴェントスの監督は、先日ついにチアゴ・モッタで確定となりました。
まぁ、今年に入ってから、長いこと噂になっていたので、今更感が強いですが。
本当に決まったことで、いよいよメルカートが始まった感があります。
「リーグ戦よりメルカートの方が面白い」
「毎年、削減できる分の給与は全て削減する方針」
「セルゲイ・ミリンコヴィッチ=サヴィッチは夏の季語」
色々言われるユヴェントスですが、今年はどんな夏を演出してくれるんでしょうか。
それにしても、選手って何を思って移籍するんでしょうね。
「より良い環境でプレーしたい」と言うんでしょうが、環境ってなんでしょう。
お金?名声?監督?試合?ポジション?役割?クラブ?リーグ?カップ戦?施設?国?街?
それとも家族や自尊心との兼ね合いでしょうか。
お金はわかりやすく、それだけで見てしまいがちなところもあります。しかし、本当にそうでしょうか。
もちろん、ゲーム的な見方でtransfermarktあたりを見ながら、「こんな良い選手をこの価格で獲得できた!」とか、「思ってたよりも高くない?」と外から言うには面白いですが。
例えば、シュチェスニーはサウジアラビアへの移籍が取り沙汰された昨年、「もうお金は十分もらったから、ユヴェントスで引退したい。」と言っていました。
彼はより高いお金を得ることよりも、ブッフォンから引き継いだ背番号1を守り、現役を終えることに誇りを感じていました。
ラビオはユヴェントスと契約を延長する前のとあるインタビューで、「クラブのリーダーでありたい。このクラブをCLに再び戻すという目標を達成したい」と語っていました。
代理人である母にとっても、移籍を繰り返し、コミッションを稼ぐようなマネーゲームのコマにラビオをしたいわけではないのでしょう。
ぼくらが転職を決意するときも同じで、ただお金に惹かれただけでする場合は得ばかりにならないことも多いです。
自分が本当にやりたいことは何なのか、新しい組織ではどのようなことが求められているのか、そこで発揮できるパフォーマンスはどのようなものなのか、人間関係をゼロから構築し直すのか、周囲からの目はどのように変化するのか、家族の理解は得られるか、自尊心は傷つかないか、生活習慣への影響はどの程度あるのか。
お金だけではなく、複数の要因が絡みます。
サッカー選手も同じ人間なので、お金以外に様々なことを考えるのでしょう。
お金はその選手の価値を測るのに、とても便利でわかりやすい物差しです。
ただ、見えやすいからこそ、それだけで誰かの価値を測りすぎないようにしなければなりません。
お金だけで引っ張ることが難しいユヴェントス。
だからこそ、選手それぞれの望みを叶えるような搦手を使い、バランスと強度の高いチームスカッドを構築してくれることを願います。
梅雨のとばりも降りない空模様。
日本の夏は祭りと踊りが代名詞。
笛の音も鳴らぬ朝に、祭りを起こすもまた一興。
何も聞こえぬ極東で、共に唄い、踊りましょう。
では、また。
コメント